Realistic Fantasie

ハイリスク・グループからヴァルネラブル・グループへ~ゲイ・コミュニティの社会運動

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アメリカ合州国は、1980年代にHIVパンデミック(爆発的感染拡大)を経験した国です。この国でHIV感染に最もさらされたのは、ゲイ・コミュニティでした。ヨーロッパ、東南アジアや中東では、ドラッグ・ユーザー間でHIV感染が確認されました。日本では、HIVの混入した非加熱血液製剤の使用により、多くの血友病者がHIVに感染しました。このようにHIVの感染拡大は、初期段階においては特定の人口集団で感染し(偏在流行期)、その後一般人口の間にも感染拡大「広範流行期」となります。

HIV感染はHIVを含んだ精液・膣分泌液・血液が体内に侵入することで感染します。このような危険な事象をおこす行動は、コンドームなしのセックスや感染の可能性の高い性行為(アナル・セックスなどのアンセイフ・セックス)、薬物使用時に注射器の回し打ちをする行為をいい、「ハイリスク行動」(HIV感染の可能性の高い行動)といわれています このようなハイリスク行動を選択する理由は単純な構造をしているわけではありません。このような経緯からバルネラブル・グループがなぜ、社会的に不利な立場すなわち、HIV/AIDSに感染しやすい行動をとるのか、という要素が関係してきます。感染の可能性にさらされているコミュニティにおけるハイリスク行動の存在、およびその背景には、これらのコミュニティ持つ差別や偏見などによる社会的脆弱性、予防情報に対するアクセスの困難など、様々なものがあります。ターゲット・グループ対策を適切に行う上で重要な観点としての「脆弱性」の観点を強調するため、最近では、こうした人口集団は、HIVに対する「ヴァルネラブル・グループ」、ゲイ・コミュニティのようにコミュニティを形成している場合には、「ヴァルネラブル・コミュニティ」と表現されるようになりました。

1980年代のゲイ・コミュニティは、1960年代までの抑圧の時代と1970年代のゲイ解放運動を経、ようやく市民権を手にしたばかりでした。1980年代はHIV/AIDSは感染すると必ず死に直結する病であり、率先してこの恐ろしい現実を直視し、事実を容認することができませんでした。この権利を得た後、不治の病との闘いが待っているなどとは誰も考えたくなかったということです。ようやくコンドーム着用セックスを基本としたセイファー・セックスという代替行動にたどり着きましたがセイファー・セックスを選択する動機付けを作り出すことに苦戦しました。
多くのゲイは、思春期のころ自分がゲイだと気付き、学校や地域社会で徹底した差別や偏見の対象となり激しいいじめを経験します。社会にはゲイという社会的集団に対する差別的な表現であふれています。ゲイ・コミュニティと出会い、初めて経験する恋愛関係は、思春期から抑圧された自分の欲求・欲望が満たされる極限空間であり、「生」を実感できる限られた場です。そんな特別な空間を不治の病を心配し、コンドーム着用というセックスという特別な時間を楽しみが経るような感覚を覚えます。たとえ身体的に健康でいられたとしても、ここで得られる自己実現は生涯期待できないという判断がなされ、ゲイの人々は「今・ここでのセックス」と「長期的な身体的健康」という2択中、前者を選んでいました。疎外感と自己肯定感の低さから自分を「けがえのない存在だ」という自己尊重意識が確立ができない状況から自分の命を大事にできなくなってしまうのです。

1980年代米国のゲイ・コミュニティは率先してエイズ予防啓発を行い、その結果、コミュニティは最終的には壊滅を免れることができましたし、現在HIV予防啓発の一つのモデルとなっている「行動変容コミュニケーション」(Behavior change communication:BCC)モデルはゲイ・コミュニティの中で形作られました。
ハイリスク行動を避けるために、
1.ハイリスク行動の定義をし、
2.ハイリスク行動を周知させ、
3.ハイリスク行動のローリスクな代替行動を探し、
4.ローリスクな代替行動が周知され、
5.ローリスクな代替行動を選択する十分な動機付けがあり、
6.その動機付けにコミュニティ内で価値がおかれ、
7.他のコミュニティでも同様に価値がおかれるようになる
というステップを踏んで実現したわけです。
こうしてゲイ・コミュニティは世界の多くの国で最もHIV/AIDSへの対応準備度の高いミュニティになりました。
疫学的な観点から、実際のHIV感染拡大のメカニズムを考えれば、特定の人口集団への対策を行うことは有効です。疫学者たちは、偏在流行期から広範流行期への変化において、これまでハイリスクとされていた集団だけでなく、例えば長距離ドライバーや単身の出稼ぎ労働者といった、一般人口の中に位置づけられていたグループが大きな役割を果たすことに気がつきました。そこで、旧来の特定の人口集団に加えて、これまでは一般人口の中に位置づけられていたこうした集団が、HIV対策の「ターゲット・グループ」として新たに位置づけ直されることになりました。


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